手をあわす心

扇子の由来

扇子はもともとお経の本やあったらしい。扇子は従来わが国の神官の持つ笏(しゃく)を重ねたものであるとかコウモリの翼に似せてつくったものだと考えられてきた。しかしどうもそうではないらしい。

インドや中国の古い経本は、みな横長の薄い木板や紙に書かれ、両端が糸で綴じられている。経というのはタテ糸ということで、今でも「編集」という言葉を使うのはその当時の名残りである。ヨコ文字の梵語で書かれたインドの経典がタテ文字の漢字になると、経本も縦長になっていった。そしてその一端が引きしめられ、他方をゆるめると扇形になる。

わが国では扇面写経が平安時代に多く作られたが、これも扇子とお経本が密接な関係にあることを物語っている。

一般に、扇子はわが国で発明され、中国の北宋時代に逆輸出されたというが、もともと今からニ千年前に団扇(うちわ)が中国で発明されているので、この団扇とお経本にヒントを得て折りたたみ自由の扇子が作られたのであろう。

はじめ扇子は儀式用に用いられていたが、次第に涼をとるためのものとなり、わが国では、扇子で「あおぐ」から「おうぎ」という。

僧侶が儀式用に使う末広がりの扇子は「中啓」といい、中程からふくらむものを「中浮(なかうき)」とか「ぼんぼり」といっている。一般の人びとは、和服の正装の時には、男子は細骨の白扇、女子は広骨の金銀紙張りか絹張りの扇子を持っことになっている。 

◎菩薩は一切の悪を忍受し、衆生に向いて、心平等にして動揺なきこと大地のごとし(華厳経)