お灯明はなぜニつあげるのですか
お釈迦さまがお亡くなりになろうとするとき、お釈迦さまは嘆き悲しむ人々に対して、「私がなくなった後は、自分自身を灯(ともしび)とし、法を灯として進みなさい」と遺言されました。
自覚ある行動と、お釈迦さまののこされた正しいおしえの二つを念頭において、毎日の生活をいとなんでいかなけれぱならないのですが、ともすれぱ無自覚にその場かぎりの欲望に身をまかせたり、み仏の信仰が生活と離れぱなれになり勝ちです。そんなわたくしたちがいつでも「自灯、法灯」の生活をいとなむために、仏さまにお灯明は二つあげるのです。
永遠の真理を究められた人であることを、金色で象徴した仏さまにあげられた、二つのお灯明の光りを通して、わたくしたちはいつでもこの智慧の生活を営めるよう努カしたいものです。ですから仏さまの智慧をあらわし、わたくしたちに智慧の光をなげかけてくれる、お灯明はそれにふさわしい光りがよいのです。
◎恩を知るは大悲の本なり。善業を開くの初門なり。恩を知らざるものは畜生より甚し(大智度論)